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合併が発表されると、世界中のマスコミは「新メディア時代の象徴」とか「ノミが象を呑みこんだ」と誉めそやしたが、やがて両社の株価は下落を始めた。
この年の春にはナスダック市場の株価暴落もあり、さらに株価の低下は加速した。
しかも、連邦取引委員会が難色を示し、連邦通信委員会もよい顔をしなかった。
二○○一年一月に正式に合併するまで両社の経営陣は翻弄された。
そのなかで、合併のさいには損をしないようにお互いに相手企業の評価を行う「デュー・デリジェンス」を、たった三日で済ませるという驚くべき離れ業も見せている。
もちろん、こうした離れ業は、投資銀行が手数料目当てにやりぬいた。
かつてAOLが、ブラウザーで急伸したNを買収したときにはGが少なくない手数料を獲得したが、このときAOLについたのはSだった。
このころまでSはM&Aを得意な分野としていなかったが、同社のMとAOL幹部との関係が深いものになっていたらしい。
T側はMだった。
SとMは、株価だけは高いが実体がよくわからないAOLが、Tを事実上乗っ取ってもおかしくないというそして、MとSは、この目的を見事に果たした。
驚くべきことに手数料はどんどん吊り上げられていって、Mが六千万ドル、Sも六千万ドル、合計して一億二千万ドル、日本円に換算して約百三十六億八千万円にまで達した。
さすがに両投資銀行の担当者たちも、この膨大な手数料には興奮気味だったという。
普通なら何ヵ月もかけてお互いの総合力を検討し、すべてを文書化して、相互に詳しくチェックしあう「デュー・デリジェンス」は、たった三日で準備されただけでなく、互いの精査も口頭であわただしく行われた。
これが史上最大の合併といわれたAOLによるTいずれにせよ双方の投資銀行、MとSは是が非でもこの合併を実現させなければならないのだった。
なにしろ莫大な手数料がとれるかどうかがかかつているのだ。
それが彼らにとっては最も重要なことだった。
論理をでっちあげなければならなかった。
そして、そのもっともらしい論理で、取締役たちや株主たちに、賛成の投票をさせねばならなかったのだ。
Mは「史上最大の合併」(ディスカヴァー・トゥェンティワン)のなかで次のように指摘している。
正式に合併が成立すると、さすがに株価も上昇に転じたが、KやLが唱えていたシナジー効果はさっぱり現れてこなかった。
同年の「九・二」同時多発テロは業績の上がらない口実ともなったが、十二月になるとLは突然、任期満了を待たずにCEOを辞めると言い出した。
結局、翌年の二○○二年五月には正式に辞任して、CEOには旧TのPが就任した。
このころには「株価を上げるためにはなんでもしてきた」といわれてきた旧AOL側の経営陣が、実務では何も新基軸を打ち出せないことが、すでに分かつてしまっていた。
合併はまったくの失敗だったのである。
同年六月にはWシントンポスト紙の記者Kが、AOLのダレス本部に二十一ページにも及ぶ手紙を送ってきた。
そこには、過去二年間にわたるAOLの帳簿上のごまかし、広報部門の不正、バーター取引、さらには、コカインを吸った取締役の名前までが記してあった。
買収の内実だったのである。
Mによれば、「予想された通り、AOLTはKの言うことを全面否定した。
しかし、一方で合法的範囲内での買収を含むあらゆる口封じにかかった」。
しかし、Wは一歩も引かなかった。
なぜKがワシントンポストに掲載する前に、AOL本部に手紙を送付したのかはMンクもK自身も触れていない。
おそらく、公表するまえに当事者たちに目を通させておくつもりだったのだろう。
あるいはAOL側の訴訟を予想して、いちおうの手続きを踏んでおいたのかもしれない。
KはAOLTに手紙を送ると同時に、すでに新聞に掲載する準備も整えていた。
Kの手紙をAOLの本部が受け取ってから約五週間後の七月十八日と十九日の両日、「取引人たち、AOLの商売の裏側」と題するKの長文の記事が二日連続して載った。
記事を読めば一目瞭然だった。
極めて明瞭にKの記事は真実を暴いていた。
AOLにはいったい何が起こっていたのか。
ここではスクープをものにしたアレック・K自身の「虚妄の帝国の終焉」(ディスカヴァー・トゥエンティワン)から見てみよう。
Kによれば、AOLはTとの合併を発表する以前から、SEC(証券取引委員会)から会計処理について何度も処分を一受けていた。
たとえば、AOLはKの指揮のもと、広告宣伝費を使った年に一括して控除するのではなく、数年に分けて落とす方法を多用しすぎていたからだ。
九七年にもSECは、AOLが計上していた帳簿上の利益を認めなかった。
九八年にはまったく逆に、SECはAOLが利益を隠して赤字であるように見せかけていると指摘した。
コストを前倒しにして多くの損失を計上しようとしたというのだ。
二○○○年には広告宣伝費を四半期ごとにいくつにも分けて計上するさい、不正確な営業報告を提示したとして、SECは三百五十万ドルの罰金を命じている。
しかし、こうした会計不正は、二○○○年一月に合併を発表して以降に繰り返された不正と比べれば、とるに足りないものに見える。
ITバブルが崩壊して多くのドットコム企業がAOLに広告を出さなくなると、急伸していた広告収入が減っていないことを証明するために、さまざまな手口が使われた。
イギリスのドッグレースを開催しているW社との取引では、一千六百四十万ドルを広告掲載料として計上していたが、同社の借金を帳消しにすることで済ませている。
また、T社との取引でも訴訟問題を、一千三百万ドルの広告収入に化けさせた。
史上最大の合併は「時間の無駄」もちろん、Wが暴いた不正についてもSECが調査に乗り出し、さらに司法省も強制調査を開始した。
AOLTはAOL部門の広告収入について、一億九千万ドルの不正取引を認め、さらに二○○三年三月には広告収入を最高で四億ドル修正する可能性があることを明らかにしている。
Sとの取引では、三千七百五十万ドルの広告契約が成立したことにして、そのかわり同額のハードウェアを購入するためのクレジットを出すことに合意してもらった。
これは「バーター契約」であり、もちろん違法だった。
Bというソフトウェア会社の株式を、一株六十三ドルで購入する権利をAOLはもっていたが、Bの株価が下落したので契約を変更し、一セントで購入できることにしてもらい、同社の株式を購入して三千万ドルの収益を得た。
しかも、この収益を広告・取引収入として財務諸表に記載した。
こうした不正はすべて株価が下落しないように、合併がうまくいくようにとの目的でなされたが、同時にそれは自分たちのストックオプション価値が下落しないために遂行された、あさましいトリックでもあった。
AOLT社内では、旧T系の管理職たちの巻き返しが始まっていた。
経営陣においても、一時はKより目だっていた旧AOL出身のBも実権を失ってしまった。
AOL部門の建て直しを求められたが、何ら有効な手を打てなかったのが命取りになった。
会長のKですら、各方面から会長を退くように求められ、二○○三年一月に会長職を退くと発表し、五月の株主総会で辞任した。
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